1980年、オーストリアで実際に起こった殺人事件をベースに制作されたシリアル・キラー映画『アングスト/不安』。
1983年に公開されると、残酷描写や殺人犯の心理を浮き彫りにした内容ですぐ上映禁止に。
さらにビデオの発禁、配給会社が逃亡するなど、いわくつきのカルトムービーとなりました。
そして2020年、日本で満を持してのリバイバル上映。
時代が作品に追いついた『アングスト/不安』のキケンな魅力を、ネタバレありで解説していきます。
映画『アングスト/不安』とは?
『アングスト/不安』とは、1983年にオーストリアで制作された映画です。
制作から3年前に、オーストリアで起きた殺人事件を基にしています。
いたずらに残酷描写を見せるホラー映画とは異なり、殺人犯の心理をモノローグで説明。さらに、犯行の一部始終を異常なカメラワークで捉えました。
つまり無意識のうちに、殺人犯の心理を理解してしまう内容なのです。
『アングスト/不安』の元ネタである実際の事件
1980年にオーストリアで、就職活動による仮出所が許された男が引き起こした殺人事件。
男の名はヴェルナー・クニーセク。
彼は住居に侵入すると、住人である50代の母親、20代で障害を持つ息子、そして娘を拘束。3人を素手で拷問した後に殺害します。
残忍な犯行を行なった後、彼は遺体を家族の車に乗せてレストランを訪問。
その後、不審に思った従業員が通報し、逮捕されました。
『アングスト/不安』では、この男をモデルにした主人公が、出所後直ちに犯行をおこし、車でレストランを訪れるまでを執拗に描いています。
なお、公式サイトのあらすじがこちら。
刑務所を出所した狂人が、とたんに見境のない行動に出る
(引用元:http://angst2020.com/)
これだけです…汗
こんなにわかりやすい映画のあらすじは、他に無いかも知れません。
映画『アングスト/不安』キャスト・スタッフ
『アングスト/不安』のキャストは以下のとおりです。
・シルビア:シルヴィア・ラベンレイター
・母親:エディット・ロゼット
・息子:ルドルフ・ゲッツ
オーストリア生まれのアーウィン・レダーは『アングスト/不安』のほかに、『シンドラーのリスト』(93)、『アンダーワールド』(03)などの大作にも出演しています。
本作の出演にも積極的で、幼少期に統合失調症の患者と関わりがあった経験が演技に生かされたと語っています。
実際に、彼が演じるKの狂気的な振る舞いは、見ているだけでゾッとします…。
ほかキャストはほぼ無名で、以降の出演作もないそうです。
ただし、シルビアを演じたシルヴィア・ラベンレイターは音楽の才能を発揮。
本作の後、米国に渡ってバンド「シュガープラム・フェアリーズ」を結成しました。
ちなみに、本作の監督を務めたジェラルド・カーグルは、『アングスト/不安』が最初で最後の長編映画となりました。
というのも、『アングスト/不安』は全くヒットしなかった上に、制作費は自腹だったために大きな負債を抱えたのです。
その後、100本以上のCMやプロモーション映像の制作でなんとか負債を返済。
現在は自身のプロダクションを立ち上げ、ドキュメンタリーや教育番組を制作しています。
映画『アングスト/不安』あらすじ・ネタバレを徹底解説
ここからは『アングスト/不安』のあらすじを、ネタバレなしとネタバレありでご紹介します。
映画『アングスト/不安』あらすじ(ネタバレなし)
とある1軒の玄関をノックするK。
住人の老婆がドアを開けると、Kは拳銃で老婆を射殺。直ちに逮捕される。
Kは自身の精神異常を訴えるも認められず、懲役わずか数年となる。
Kはこれまで幾度なく犯罪を犯していた。彼の人生も明るいものではなく、母や養父から見放されていた。
14歳のころには、母親ほど年の離れた女性とSMの快楽を覚え、やがて母親をナイフでめった刺しにもした。
しかし、Kは仮出所を許される。彼はすぐにでも殺人をしたい衝動にかられていた。
まずは近くのレストランに入って獲物を探すも、人目につくため外に出る。
その後、タクシーの運転手が女性だったので、犯行に及ぶも失敗。
Kは林の中を逃げ続けると、1軒の大きな屋敷にたどり着く。
映画『アングスト/不安』あらすじ(ネタバレあり)
Kは窓ガラスを割って屋敷に侵入すると、車椅子に乗った障害を持つ男と出くわす。
その直後、男の母親とその娘と飼い犬が車で帰宅してきた。
これ以上無い好機に、Kの興奮は高まる一方だ。
3人が家に揃うと、Kは娘を拘束。暴れる母親を黙らせるために何度も首をきつく締める。
2階に逃げる息子を捕まえると、バスタブに溺れさせて殺害する。
Kには計画があった。
それは人を殺し、その死体を別の人に見せて恐怖を与えることだった。
Kは母親に、息子が溺死した姿を見せようとするが、母親はまったく動かない。
娘は母親が持病持ちで、薬がないと助からないと叫ぶ。
Kはなんとしても、母親に息子の死体を見せたかった。
しかし薬を飲ませても助からず、母親も死ぬ。
娘はKが薬を飲ませているスキに姿を隠し、家から抜け出す。
しかし、暗い地下通路でKに捕まると、ナイフでめった刺しにされる。
Kは娘から溢れ出る血をごくごくと飲み干す。
夜が明けると、Kは殺した娘を犯していた。
彼は”死体たち”を他の人にも見せようと、屋敷にあった車に遺体を詰め込む。
Kは再びレストランを訪れる。
ここにいる客たちに、死体を見せたいという衝動に駆られるも、通報を受けた憲兵やレストランの客たちが車を取り囲む。
憲兵に命令されたとおり、Kはトランクを開ける。
中を見た人々は叫ぶことも驚くこともなく、ただ唖然と沈黙するばかりであった。
『アングスト/不安』が本当に恐ろしい理由
あらすじでは、Kの犯行の様子だけを記載しましたが、実際はこの映像にKのモノローグが添えられます。
自分の過去や犯行時の感情が、終始Kの口から語られ続けるのです。
自分が家族から見放されたこと。妹だけ可愛がられていたので、死ぬほど殴りつけたこと。公園の白鳥の首を切り、血を飲んだこと…。
それらの描写は一切ありませんが、目の前で起きている犯行と奇妙にシンクロしていきます。
Kは監禁した家族を、自分の家族に見立てて犯行しているように見えてくるのです。
このKの犯行シーンとモノローグが同時進行することで、理解なんて出来ないと思っていたKの心理が、理解できるようになっているのです。
しかも、ほとんど無意識のうちにです。
知らないうちに殺人犯の気持ちを理解しようとしている点が、『アングスト/不安』が本当に怖い理由と言えます。
常軌を逸した『アングスト/不安』のカメラワーク
『アングスト/不安』が異常と言われるもう一つの理由が、当時の技術からは考えつかないほどの、狂気的カメラワークです。
終始映画は、地面から人物を見上げるアングルや、空中から見下ろすアングルで撮影されています。
さらに、主人公Kを中心にぐるぐる回るカメラワークは、いわゆる「自撮り棒」で撮影されたのかと思うほど、どこか気味の悪い演出となっています。
これもまた、否応なしに殺人犯の心理と重なってしまう狂気の演出とも言えるでしょう。まるで観客さえも、殺人を犯しているかのような錯覚に陥ります。
この映画が撮影されたのは1983年。
撮影を担当したズビグニェフ・リプチンスキは、本作のために自作の機材を次々と開発したそうです。
当時はドローンもCGも無いのに、まるでそれらを駆使したようなアングルは、今も注目されています。
なぜ犬だけ無事なのか?
まずは、映画『アングスト/不安』が公開される前に話題となった、こちらの動画をご覧ください。
Kが襲う一家はダックスフンドを飼っており、その犬は死なないので安心してください、という一種のネタバレ動画です。
もちろん映画の本筋には関係ないので、厳密なネタバレ動画とは言いませんが…笑
実際、犬は死ぬどころか最後まで指一本触れられることはありません。Kは異常なほど、犬に関心を示さないのです。
終始犯行現場や、Kの後ろをウロウロする犬ですが、なんとKが運転する車にも乗り込んできます。
なぜ犬だけは無事だったのでしょう?
本作に登場する犬は、撮影のズビグニェフ・リプチンスキの飼い犬クバです。
現場でウロウロしているのを見かけた監督が、役を与えたとのこと。
そもそも、実際の事件では飼い猫が殺されています。撮影当時、飼い猫が殺された理由はわからなかったそうです。
しかし最近になって、飼い猫を殺した理由が分かりました。それは「事件を目撃者がいてほしくなかったから殺した」とのこと。発想が怖すぎます…。
猫を殺した動機が分からないと、事実に基づいた演出ができないため、犬は死ななかったのでしょう。
この事実がわかっていたら、犬ではなく猫が登場するか、あるいは犬が無事で済まなかったかも知れませんね…。
まとめ
いかがでしたか?
今回は狂気のカルト映画『アングスト/不安』のネタバレと魅力を解説しました。
正直、ホラー要素は殆どないし、グロシーンも娘が惨殺される以外は、特にありません。
ただひたすらに、良心が欠落した人間に強制的に感情移入させられる恐怖がすごいのです。
ぜひ、これまでにない恐怖体験を、本作で味わってみてください…。