2019年11月29日に公開された映画『ドクター・スリープ』。本作は、傑作ホラーとして名高いスタンリー・キューブリックの映画『シャイニング』(1980)の続編として製作されたことで注目を集めている作品です。
この記事では、映画『ドクター・スリープ』の内容について結末まで含めて解説します。映画『ドクター・スリープ』本編と、前作に当たる『シャイニング』のネタバレが含まれていますので、ご注意ください。
映画『ドクター・スリープ』の作品情報
映画『ドクター・スリープ』のキャスト・スタッフなどの作品情報は、以下の記事をご参照ください。
映画『ドクター・スリープ』で押さえておくべき3つのポイント
映画『ドクター・スリープ』は、原作者スティーヴン・キングによる独特の世界観の中で繰り広げられる物語となっています。作中で重要になるポイントが3つありますので、まずはこれらを押さえておきましょう。
オーバールックホテル
「オーバールックホテル(展望ホテル)」とは『ドクター・スリープ』の前作『シャイニング』の舞台となった場所であり、主人公のダンことダニー・トランス(ユアン・マクレガー)が『ドクター・スリープ』本編の40年前に当たる1979年にここで一時期生活していました。
オーバールックホテルは素晴らしい景観が特徴で、1909年にオープンして以来大統領や大富豪といった名だたる人物が訪れる由緒あるホテルです。しかしながら、山の奥深くにあるこのホテルは真冬になると完全に雪に閉ざされて来客もなくなるため、冬季の5か月間は毎日ボイラーを焚いて館内の設備を凍結させないようにするための管理人が必要でした。その管理人となったのがダニーの父であるジャック・トランスであり、『シャイニング』では彼が主人公となります。ジャックは妻のウェンディ、息子のダニーを連れてオーバールックホテルで冬を過ごすことになるのですが、これが惨劇の始まりとなってしまうのです。
本日は #ホテルの日 ですが、
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— ワーナー ブラザース ジャパン (@warnerjp) November 20, 2019
実は、雪に閉ざされて外の世界と繋がりを絶たれたオーバールックホテルはいつしか邪悪な「生き物」と化していました。作家として行き詰まり、さらにアルコール中毒を患っていたジャックはやがてオーバールックホテルに取り込まれ、ウェンディとダニーを殺害しようとします。ダニーは生まれながらにして持っていた「シャイニング」という特殊な力に助けられ、ウェンディと共に何とか脱出することができましたが、このオーバールックホテルでの出来事はダニーにとっての心の傷となってしまいます。
「オーバールックホテル」はダニーの恐怖そのものであり、『ドクター・スリープ』の物語の上でも切り離すことのできない存在となっています。特に、オーバールックホテル237号室浴槽の水死体の老婆は作中でも何度も登場し、オーバールックホテルの恐怖を象徴するものとして描かれています。
超能力「シャイニング」
前作『シャイニング』から引き続き登場し、物語の中でも重要なポイントとなるものが、特殊能力「シャイニング(かがやき)」です。「シャイニング」という名称については初めはダニーも知らずにいたようで、「トニー」というもう一人の人格として時折ダニーの前に姿を現すこともありましたが、オーバールックホテルで出会った料理人でダニーと同じく「シャイニング」の持ち主であるディック・ハロラン(カール・ランブリー)に教えられてこの能力の存在を知ることになります。ディックは映画『シャイニング』の中でジャックに殺害されてしまいますが、死後もダニーの「シャイニング」を通じて彼の前に姿を現し、師としてダニーを導きます。
本作でのダニーことダンは自身が勤務するホスピスで、死の間際にある人々の死への恐怖を癒し安らかな眠りに就かせるためにこの能力を用いています。
「シャイニング」が具体的にどのような能力であるかについては映画の中ではあまり語られていませんが、本作『ドクター・スリープ』の中では以下の方法で用いられる様子が見られます。
- 「シャイニング」を持つ者同士であれば、離れた場所にいても、声に出さなくても会話ができる。
- 死後であっても、「シャイニング」の持つ者の意識を通してその姿を具現化し、姿を現す。
- 死期が近づいている人の周りにその予兆が見える。
- 物を浮遊させたり、幽体離脱のように自身を宙に浮かせたりすることもできる。
- 他人の意思を読んだり干渉したりすることができる。
ただしダンやアブラが「シャイニング」の能力者の中でもかなり強力な使い手であることからもわかる通り、人によって「シャイニング」の能力は異なるようです。
この「シャイニング」はダニーの他にディック、そしてもう一人の主人公であるアブラ・ストーン(カイリー・カラン)、作中で殺害される少年ブラッドリー・トレバー(ジェイコブ・トレンブレイ)などが持っていることからもわかるように、ダニー1人だけの特別な能力というわけではありません。『ドクター・スリープ』の中では少なくともアメリカ国内で「シャイニング」の能力者が複数存在しているようですが、たいていの能力者は子供であることが多く、ダニーやディックのように大人になっても「シャイニング」の持ち主であるというケースは稀であるようです。
狂信者集団「トゥルー・ノット(真の絆)」
映画『ドクター・スリープ』の冒頭部分で、少女が謎の集団に攫われる場面があります。ここで出てくる集団こそが、ダニーことダンとアブラが立ち向かうことになる狂信者集団「トゥルー・ノット(真の絆)」なのです。
「トゥルー・ノット」は「シャイニング」を持つ子供を狙い、残酷な方法で拷問しながらその力を吸い取って自分の糧とするという、極めて凶悪な集団です。『ドクター・スリープ』の作中で連続児童失踪事件についてしばしば話題になりますが、その裏ではこの「トゥルー・ノット」が絡んでいます。
「トゥルー・ノット」のリーダーを務めている女性が、黒い帽子が特徴的なローズ・ザ・ハット(レベッカ・ファーガソン)です。他のメンバーとしては、ローズのパートナーであるクロウ・ダディ(ザーン・マクラーノン)、長老グランパ・フリックに、作中で新たに「トゥルー・ノット」に加わるスネークバイト・アンディ(エミリー・アリン・リンド)がいます。彼らは拠点を持たない流浪の民で、キャンピングカーに乗って放浪しながら暮らしています。
「トゥルー・ノット」は映画『シャイニング』のすぐあとの1980年時点で既に存在していることが明らかになっていますが、実のところは何百年も昔から存在しているというようなことが示唆されています。「トゥルー・ノット」のメンバーは古来より「シャイニング」を吸い取ってその命を長らえてきた不死族なのです。
映画『ドクター・スリープ』の時系列を整理してみよう
映画『ドクター・スリープ』は、ダニーことダン、アブラ、ローズ・ザ・ハットの3人の視点から見た物語が語られ、やがてそれらが交錯するという複雑な構造になっています。『ドクター・スリープ』の作中で起こったことについて、時系列順に整理しながら見てみましょう。
映画『シャイニング』の事件の直後
オーバールックホテルでの事件からダニーとウェンディが生き延びた直後、ある田舎町で少女誘拐事件が起こっていました。この誘拐事件の実行犯は実は狂信者集団「トゥルー・ノット」であることが、のちに作中で明らかになります。
その頃、オーバールックホテルから脱出し自宅へ帰ったダニーはホテルでの出来事が忘れられず、常にホテルの悪霊につきまとわれていました。ダニーの意識を通じて姿を現したディックは、ダニーに「シャイニング」を使って恐怖を封じ込める方法を授けます。ディックの助言により、ダニーは「オーバールックホテルの庭園迷路にある巨大な箱」というイメージを作り出し、その箱の中に悪霊を閉じ込めるという方法を編み出します。
出典元:https://twitter.com/StanleyKubrick/status/1169649778973655047
アンディが「トゥルー・ノット」の一員となる
一方「トゥルー・ノット」のローズ・ザ・ハットとクロウ・ダディは、男を誘惑しては催眠術で眠らせて金をかすめ取る、「スネークバイト」と呼ばれるアンディという少女に目をつけていました。アンディはローズに見初められ、子供たちから抜き取った「シャイニング」を与えられて「トゥルー・ノット」の一員となります。
「シャイニング」に目覚めるアブラ、「ドクター・スリープ」の名を授かるダン
視点は幼少期のアブラに切り替わります。誕生日パーティのさなかに「シャイニング」に目覚めたアブラは、家にある食器を天井近くにまで浮かび上がらせるという恐るべき技を披露します。それを見たアブラの両親は戦慄し、彼女の持つ能力にはできるだけ触れないようにして、普通の女の子として生活することを求めます。
一方ですっかり大人になっていたダニーは、酒に溺れて自堕落な生活をしていました。ダニーの母でともにオーバールックホテルの事件から生き延びたウェンディは、彼が若い頃にすでに亡くなっています。ウェンディの死期が近い時、ダニーは母の顔の周りにハエのようなものがうじゃうじゃとまとわりついている幻影を見て以来「シャイニング」を恐れて封印し、代わりに恐怖を酒で紛らわすようになっていたのでした。父ジャックが患っていたアルコール中毒に、奇しくもダニー自身も陥っていたのです。
恐ろしい死に方をした父と同じになることを拒み、アルコール依存から脱出して更生することを願いながら放浪するダニーことダン。ある町のミニチュア広場に目が留まったダンは、管理者であるビリー・フリーマン(クリフ・カーティス)という男に出会います。ビリーはダンに依存症患者の会とアパートの空き部屋を紹介してダンの更生のため惜しみなく助力し、2人はかけがえのない友人となります。
依存症患者の会をサポートするジョン・ダルトン医師(ブルース・グリーンウッド)のつてでホスピスで働くようになったダンは、死期が訪れた患者のもとへ導かれます。患者は死に対して恐怖を感じていましたが、ダンは「シャイニング」を使って死への恐怖を癒し、安らかな眠りを授けました。「シャイニング」によって新たな仕事を得たダンは、その能力から「ドクター・スリープ」の名で呼ばれるようになります。
ダンとアブラの「出会い」
ホスピスでの勤務という天職を見つけて以来断酒も7年間成功しているダンは、穏やかな生活を続けています。ある日ダンは、アパートの部屋にある黒板に何者かがメッセージを送ってきたのに気づきました。実はそれは、「シャイニング」を使うことを嫌う両親のもとで生活しながら成長し、鬱屈した気持ちを抱いていたアブラから送られてきたものでした。
その日は互いに自己紹介し合い、他愛のないやり取りを交わして終わりますが、アブラは自身と同じ能力を持っている者が存在することを知り安堵します。
ブラッドリー・トレバー失踪事件発生
それからしばらく経った頃「トゥルー・ノット」は、キャッチャーの考えを読むことができる野球少年ブラッドリー・トレバーを「シャイニング」の持ち主として狙いを定めていました。ブラッドリーを誘拐したのち残虐な方法で傷つけ苦しませ、彼の「シャイニング」を吸い取った挙句殺してしまいます。「トゥルー・ノット」はこれまで誘拐した子供たちに対しても同じような方法で拷問して「シャイニング」を奪い、殺して死体を埋めていたのです。
ブラッドリーの身に起こった惨劇をその身に感じ取ったアブラは、ダンの部屋の黒板に「MURDER(殺人)」というメッセージを残して彼に事件を知らせますが、それと同時にアブラの存在がローズに知られてしまいます。
新たな「シャイニング」を持つ獲物としてアブラの居場所を突き止めようとするローズは、スーパーでの買い物中にアブラの意識を感じ取り、頭の中に入り込もうとします。しかしアブラの「シャイニング」は想像以上に強力で、ローズの力ははじき返され逆に傷を負わされます。
「トゥルー・ノット」の居場所を突き止める
アブラはブラッドリー失踪事件についてや「トゥルー・ノット」に狙われていることについて相談するため、これまではメッセージをやり取りするだけだったダンの元に直接会いに行きます。
アブラの強力な「シャイニング」を用いてローズを罠にかけ、「トゥルー・ノット」の居場所を追跡するためにはブラッドリーの遺品である野球グローブが必要であることが判明しました。アブラの指示の元ダンとビリーはブラッドリーの死体の在処を探し当て、掘り起こします。そして持ち帰ったブラッドリーのグローブを手掛かりに「トゥルー・ノット」を追跡し、ついに居場所を突き止めます。
ダン・アブラと「トゥルー・ノット」との戦い
アブラ・ダン・ビリーの3人は、凶悪な集団である「トゥルー・ノット」に立ち向かうことを決断しました。アブラは自宅に残って「シャイニング」を使い「トゥルー・ノット」のメンバーを森に誘い込み、ダンとビリーの2人が彼らを猟銃で撃って退治していきます。しかし戦闘のさなか「トゥルー・ノット」の一員である「スネークバイト」アンディが、重傷を負いながらも死の間際に反撃し、彼女の能力である思考操作によりビリーが自分の頭を猟銃で撃ち抜き、自殺してしまいます。
一方メンバーとは別行動をとっていたクロウ・ダディは、すでに特定していたアブラの家に忍び込み、アブラの父ディヴィッドを殺害してアブラを誘拐します。
アブラが攫われたことを悟ったダンは、ついに自身の「シャイニング」を解放してクロウ・ダディの意識に干渉し、彼を倒してアブラを取り戻すのでした。
ローズを封じるためオーバールックホテルへ
ダンたちの尽力によって「トゥルー・ノット」は崩壊して独りになったローズは、蓄えていた「シャイニング」を全て飲み干して強力になり、ダンとアブラに対抗します。もはやダンとアブラの手にも負えなくなったローズを倒すためにより凶悪な「悪霊」の力を借りるため、ダンはアブラを連れてオーバールックホテルへ赴くことに…。
ダン・アブラとローズの対決の決着と結末は?【ラストのネタバレあり】
ローズ・ザ・ハットと対決するため、ダンにとっての恐怖の全てともいえるオーバールックホテルへとついに足を踏み入れたダン。そこで待ち受けているものとは一体何なのでしょうか?ダンとアブラの運命は?
父ジャックとの対峙と決別
幼少期に過ごしたオーバールックホテルの中を複雑な気持ちで散策するダンはホテルのバーにたどり着きます。バーのカウンターに現れたのは、バーテンダーに扮したダンの父ジャックでした。ジャックは映画『シャイニング』の最後に凍死し、邪悪なオーバールックホテルの一部として取り込まれていたのです。アルコール依存から抜け出すため長い間禁酒を貫いていたダンにジャックは執拗に酒を勧めますが、ダンは強い意志でそれを退けます。ダンは父への複雑な思いを吐露するものの、悪霊と化したジャックへ彼の思いが届くことはありませんでした。
ローズとの対決
『シャイニング』での一件以来、40年もの間誰も訪れることもなく廃墟と化していたオーバールックホテル。このホテルの庭には巨大な迷路があり、ダンは幼い頃に作り出した「迷路の中の箱」の中にローズを封じ込めることを試みます。しかしながら、これまで子供たちから奪ってきた「シャイニング」を全て吸い尽くしたローズは非常に強力で、ダンの方法で彼女を封印することはできません。
ダンはローズを始末するため、ホテルの中へローズを呼び寄せました。ローズが自分の中に取り込んだ「シャイニング」に反応したオーバールックホテルの悪霊たちはみるみるうちに彼女に群がり、とうとうローズは倒されます。しかしそれと同時にダン自身も悪霊たちの餌食となってしまい、思考を支配されたダンは、かつて父ジャックが自分にそうしたようにアブラを殺害しようとします。
出典元:https://twitter.com/ErickWeber/status/1201897757662797825
ボイラー室へ
父ジャックと同様オーバールックホテルの悪霊に取り込まれかけていたダンですが、最後に残った良心でアブラを救出することを決意します。そこでダンが訪れたのはホテルのボイラー室でした。ボイラーを最大出力まで上げて、悪霊ごとホテルを焼き尽くすことを決断したダン。やがてオーバールックホテルはダンと共に炎に包まれ、最期を迎えるのでした。
ダンからアブラへの継承
父ディヴィッドとダンを失い、幼い頃のダンと同様心を痛めていたアブラの前に、「シャイニング」を通じてダンが姿を現します。ダンは師ディックが彼にそうしたように、アブラを正しい道へ導きます。
アブラの家の浴室に現れた「237号室の水死体の老婆」。ダンの助言を胸に秘め、アブラは浴室へと入り幕を閉じます。
『ドクター・スリープ』原作と映画のラストは異なる?結末をネタバレ考察
映画『ドクター・スリープ』のラストは、実はスティーヴン・キングによる原作小説と異なります。『ドクター・スリープ』の前作に当たる映画『シャイニング』自体が原作と映画とで展開や雰囲気が大きく違うため、本作『ドクター・スリープ』が原作と異なる結末になるのは当然といっていいでしょう。
映画『ドクター・スリープ』の監督・脚本を務めたマイク・フラナガンは本作を映画化する上で、原作小説を忠実に映像化しつつもスタンリー・キューブリックによる映画『シャイニング』の続編映画としてふさわしい作品となるよう、『シャイニング』の映画と原作小説の両方の世界観を融合させたといいます。
映画『ドクター・スリープ』制作の裏側については以下の記事にて解説しています。
映画『ドクター・スリープ』結末ではオーバールックホテルの最期が描かれるが…?
映画『ドクター・スリープ』のラストで、オーバールックホテルの悪霊に取り込まれかけたダンが最後の良心を取り戻し、アブラを助けるべく自らを犠牲にしてホテルを燃やしますが、原作小説はこのような展開ではありません。というのは、実は原作ではオーバールックホテル自体が存在していないからです。
なぜ原作『ドクター・スリープ』にオーバールックホテルが存在していないかというと、原作版『シャイニング』のラストで、ダンの父ジャックの手によりオーバールックホテルは火をつけられて消失しているためです。つまり、原作『シャイニング』のラストと映画『ドクター・スリープ』のラストは似た展開となっているといえます。
小説『シャイニング』の結末をなぞるようなラスト
なぜ、このように小説版『シャイニング』のラストをなぞるような展開が採用されたのでしょうか?これについては、まず『シャイニング』が原作と映画でどのように異なるかを押さえておく必要があります。
『シャイニング』主人公ジャック・トランスの人物像の相違
映画『シャイニング』では、ダン(ダニー)の父であるジャック・トランス役を演じるジャック・ニコルソンの怪演により、ジャックが雪に閉ざされたオーバールックホテルでどんどん狂っていく様子が強く印象に残っているのではないでしょうか。監督のキューブリックはジャックが狂気に飲まれる様子を主にクローズアップし、彼の性格やアルコール中毒を患っていたことなどについてはほとんど触れませんでした。このことが、映画『シャイニング』のジャックの人物像が原作者キングの想定したものと大きく食い違う原因となってしまったのです。
実はキングは『シャイニング』の執筆中、売れっ子作家として有名になりつつあったことへのプレッシャーから自身もアルコール依存に陥っていました。さらにキングの父親もアルコール依存で、幼少期に暴力的な父に怯える日々を過ごした経験も『シャイニング』の物語の骨子になったといいます。このような状態の中で苦しみながら『シャイニング』を書き上げたキングにとってのジャックは、映画『シャイニング』でニコルソン演じるジャックのような得体の知れない男ではなく、作家としても行き詰まりさらにアルコール中毒でどん底にありながらも本心では何とかしたいともがく人間臭い男だったのです。
映画と小説『シャイニング』のラストの相違
ジャックは映画と原作小説のどちらにおいてもオーバールックホテルに取り込まれて狂い、最終的には死に至りますが、その様子は原作と小説では大きく異なります。
映画版『シャイニング』では、狂気に飲まれたジャックは妻のウェンディと息子のダニーを殺害しようとするも失敗し、真冬の庭園迷路に迷い込み凍死してしまいます。死んだジャックは邪悪な「生き物」であるオーバールックホテルの中の一部として取り込まれ、ホテルの恐怖は永遠に続くであろうことを示唆する描写がなされており、救いようがなく後味の悪い終わり方となっています。
一方原作小説『シャイニング』のジャックは、オーバールックホテルの悪霊にそそのかされて狂いウェンディとダニーを殺害しようとするところまでは映画と同じですが、心の中では葛藤します。最終的には邪悪な心に打ち勝って、ウェンディとダニーを逃がすために自身を犠牲にしてオーバールックホテルを爆破させます。オーバールックホテルという邪悪な「生き物」は、正しいことをしたいというジャックの最後の良心によって滅び、跡形もなく燃え尽きるのです。
映画版では凍り付いてラストを迎える一方で、原作版では炎が燃え上がって終わるという、全く真逆の結末を迎える2つの『シャイニング』。原作者キングはこの2つを比較して「キューブリックの映画版は氷で終わり、私の小説は炎で終わる」と述べています。映画版の『シャイニング』では、ジャックは「正しい選択」をすることができませんでした。ジャックが戦うべきものである邪悪なオーバールックホテルに立ち向かうことなくあっさりと狂気に取り込まれてしまったことも、キングが不服を唱える理由の一つとなっているのでしょう。
ホテルのバーでのダンと父ジャックの会話の意味とは?
映画『ドクター・スリープ』の終盤、オーバールックホテルに足を踏み入れたダンは、舞踏室に併設したバーのカウンターでバーテンダーに扮した父ジャックと対峙します。このバーでのシーンは映画『シャイニング』での一場面のオマージュ要素が濃く、『シャイニング』ファンの方は「おっ」と思われたのではないでしょうか。
映画『シャイニング』では、このカウンターに現れたのはジャックの旧知の仲であるらしいロイドという男でした。この時のジャックはアルコール依存を克服するため禁酒中であったようですが、狂気に引きずり込まれつつあったジャックはロイドに勧められるままにとうとう酒を飲んでしまいます。
一方映画『ドクター・スリープ』のダンは、バーテンダーとして現れた父ジャックに執拗に酒を勧められますが、迷いながらもそれを拒否してその場から立ち去ります。
幼少期のオーバールックホテルでの出来事と父、そしてアルコールは、ダンの中で全て一つにつながっています。ダンがジャックから差し出されたウイスキーを断ったことは、父のような過ちを繰り返さないという強い意思、そして過去のトラウマと決着をつける決意を表しているのです。
映画『ドクター・スリープ』の結末に込められた意味を考察
映画『ドクター・スリープ』のラストが小説版『シャイニング』のものと重なることは、映画版『シャイニング』で父ジャックができなかった「正しい選択」を息子のダンが成し遂げるという意味を持っています。映画『ドクター・スリープ』は、超能力「シャイニング」で繋がるダンとアブラの継承の物語であるとともに、ジャックとダンの父と子の物語としての完結という側面を持っているのです。
最後のシーンに出てくる老婆の幽霊の意味を考察!
映画『ドクター・スリープ』の最後のシーンで、アブラが老婆の幽霊が待つ浴室へ入っていくエピソードがあります。作中で度々登場するこの老婆の幽霊は、全身が腐敗しており非常に恐ろしい姿をしていますが、これにはどのような意味が込められているのでしょうか?
映画『シャイニング』に登場する237号室の老婆の幽霊
この老婆の正体は、もともと映画『シャイニング』で登場する幽霊です。1979年の夏、ニューヨークの大物弁護士の夫人であったロレイン・マッシーという60歳くらいの女性がオーバールックホテルの237号室に若い愛人と共に滞在しますが、ロレインは愛人に逃げられてしまいます。ショックを受けたロレインは泥酔の後に237号室の浴槽内で睡眠薬を大量に服用し自殺しますが、ホテルの支配人により圧力をかけられて事故死とされ、それ以来237号室で彼女の幽霊の姿が目撃されるようになったとのこと。
1979年の冬にホテルにやってきたダニー(ダン)は、ホテルの廊下で遊んでいるうちに237号室に迷い込んでしまい、この老婆の幽霊を見て強いショックを受けます。その後ダニーの身にさらなる恐怖が起こったことは前述した通りですが、浴槽の老婆の幽霊はオーバールックホテルの恐怖の全てを象徴する存在として、大人になっても彼につきまとうこととなるのです。
アブラが「シャイニング」を解き放つ象徴として描かれる
物語の終盤で、アブラもダンに連れられてオーバールックホテルに赴くことになります。アブラがこの幽霊を見たかどうかは定かではありませんが、アブラ自身にとってもダンを失い恐怖を味わった場所であるオーバールックホテルを象徴する存在として、何らかの形で彼女の心の中に残ったことが考えられます。
もともとアブラは強力な「シャイニング」を持ちながら、その力を隠し「普通の女の子」として生活することを両親や周囲の人々から求められていました。アブラが力を使おうとすると両親は良い顔をせず、学校ではクラスメートたちに避けられ、アブラは抑圧されているような毎日を送っていた様子が伺えます。しかしオーバールックホテルでの一件を経験し、ダンから助言を受けたことで、自身の「シャイニング」を隠さず生きていくことを決意します。最後の浴室のシーンでは、扉が閉められて終了したため詳しいことは不明ですが、おそらくアブラは「シャイニング」を使って幽霊を退治したことが予想されます。
映画『ドクター・スリープ』ネタバレ結末・考察まとめ
映画『ドクター・スリープ』制作の裏側には、映画版と原作『シャイニング』の大きな違いやキューブリックとキングの対立などといった複雑な問題があり、原作と映画版の『シャイニング』『ドクター・スリープ』の世界観を融合させた本作の結末については賛否両論となるところかもしれません。
しかしながら、映画『シャイニング』の続編映画として決着をつけつつ、映画と原作の『シャイニング』と原作小説『ドクター・スリープ』を網羅しこれら全ての要素をしっかり取り入れている点を見ても、本作が高い評価を得ていることは十分うなずけるのではないでしょうか。