【プリンセス・ダイアナ】あらすじや見どころまとめ♡突然の死までの約16年間が描かれる!

1997年に突然の自動事故によって亡くなられたダイアナ元皇太子妃。あれから25年という歳月が経過しました。世界で最も愛されたプリンセスと称されたダイアナ元妃の世界初のドキメンタリー映画【プリンセス・ダイアナ】が間もなく公開されます。

1981年にチャールズ皇太子と婚約する数週間前から、1997年に36歳という若さで突然生涯を終えてしまったダイアナ元皇太子妃の人生にスポットを当てて描かれている本作。

チャールズ皇太子(現チャールズ国王)とのなれそめから、誰もがうっとりしたロイヤルウェディング、そして彼女の愛すべき息子たちの誕生、慈善活動、離婚やスキャンダルなどはもちろんですが、あの衝撃的な事故死と悲しみに包まれたご葬儀など。それぞれの当時のニュース映像やビデオ映像などの沢山のアーカイブから厳選した映像をつなぎ合わせて作られています。そんな映画の見どころやあらすじなどと共にダイアナ元妃の生い立ちなどもご紹介していきます。

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ダイアナ元皇太子妃とは?

プリンセス・ダイアナ

Photo credit: Michael Dwyer / Alamy Stock Photo

おそらくご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、、まずはダイアナ元妃の生い立ちを簡単にご紹介していこうと思います。

ダイアナ元妃の生い立ち

プリンセス・ダイアナ

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故ウェールズ公妃ダイアナ(Diana, Princess of Wales)ですが、(以下ダイアナ元妃)17世紀以来続く貴族の家系であるイギリスの名門貴族スペンサー伯爵家のオールトラップ子爵エドワード・ジョン・スペンサー(後の第8代スペンサー伯爵)とその夫人であるフランセス(第4代ファーモイ男爵モーリス・バーク・ロッシュの令嬢)の間の三女としてお生まれになりました。

父方の先祖とお母様の名前を頂いて「ダイアナ・フランセス」と名付けられたダイアナ元妃。

プリンセス・ダイアナ

Photo credit: Kent Gavin

ダイアナ元妃は三女で、セーラ、ジェーンという6歳と4歳年上のお姉さまらがいらっしゃいます。そして、ダイアナ妃の3歳下にチャールズという弟さんがいらっしゃいます。

お姉さま方はある程度の年齢になると寮生の学校に入ってしまったために、幼い頃は弟であるチャールズ(現第9代スペンサー伯爵、チャールズ・エドワード・モーリス・スペンサー)とダイアナ元妃が二人で一緒に育ったそう。

その後、ご両親は1967年からダイアナ元妃のお母様の不倫などによって別居することになり、1969年に離婚。様々な理由からダイアナをはじめとして姉2人、弟の親権は父が得ることに。

そのためダイアナ元妃は、弟であるチャールズとともに育てられていたのですが寄宿学校に入学させられることになります。1975年にお父様であるエドワード・ジョン・スペンサーが、スペンサー伯爵位を継承したのに伴って、ダイアナもLadyの儀礼称号を得ています。

出会いは姉の彼氏?

プリンセス・ダイアナ

The Royal Household © Crown Copyright

1977年6月に開催されたロイヤルアスコット開催(王室主催競馬)で、ダイアナ元妃の姉であるセーラがチャールズ皇太子(現チャールズ国王)とお付き合いをすることになりました。そのため、チャールズ皇太子(現チャールズ国王)は、セーラからの誘いを受けてスペンサー伯爵家を訪問することに。

これがダイアナ元妃とチャールズ皇太子(現チャールズ国王)との初めての出会いでした。ダイアナ妃はこの時16歳で、学校の週末休みに自宅に帰宅しており、狩猟場でチャールズ皇太子に出会いました。

プリンセス・ダイアナ

Photo credit: Jeremy Sutton-Hibbert / Alamy Stock Photo

しかし、この時は姉であるセーラの彼氏(お付き合いしている)というシュチュエーションだったため、お互いに恋をするという関係ではなかったそうです。

その後、ダイアナ元妃はOレベル試験(イギリスではこの最終試験に通ると義務教育を修了したことになります。)に2度挑戦したのですが、失敗してしまい進学を断念することに。

プリンセス・ダイアナ

Photo credit: Parkerphotography / Alamy
Stock Photo

そして、ダイアナ元妃はスイスのルージュモン市グシュタードにあったフィニッシングスクール(花嫁学校)のアルパン・ヴィデマネット学院(Institut Alpin Videmanette)に入学することになります。ただし、入学から6週間後にはイギリスに帰国してしまっています。

当時はスキー、お料理、お裁縫、フランス語をレッスンする女子校であったアルパン・ヴィデマネット学院は、残念ながら1991年に閉鎖されてしまっています。

Château-d’Œx

卒業生には、アレクサンドラ・エイトケン(元モデルで、英国保守党議員のジョナサン・エイトケンの令嬢)ギリシャとデンマークのアイリーン王女、ティギー・レッグ・ボーク(ウイリアム王子《現ウイリアム皇太子》たちの元ナニー)タマラ・メロンらがいた貴族などの上流階級の子女のための学校でした。

余談ですが、この頃各国の貴族などの子女らが通ったスイスにあるフィニシングスクールは現在そのほとんどがクローズされてしまっています。時代の流れなのでしょうかね・・・。

スイスから帰国したダイアナ元妃は、子供達と折り合いが悪かった継母が仕切っているオルソープ邸にいるのが嫌だという理由もあり、昔から漠然と子供たちの面倒を見るお仕事をしたいと思っていたため父の友人の家に住まわせてもらいロンドンでの暮らしを始めことに。

その後、18歳を迎えて母の持っていた家でダイアナは憧れていた1人暮らしをすることになります。そして、1979年に王室のサンドリンガム邸のパーティーでチャールズ皇太子と再会することに。

そのパーティに招待されたダイアナらスペンサー伯爵家令嬢たちと会ったチャールズ皇太子(チャールズ国王)は、ダイアナ元妃が美しく大人になっている様子を知ることになります。その後、皇太子とダイアナは親しい友人になり、少しずつ距離を縮めていくことになります。

皇太子妃への階段

プリンセス・ダイアナ

PHOTO: TIM GRAHAM PHOTO LIBRARY VIA GETTY

ダイアナ元妃は、皇太子が所有するハイグローヴ邸に頻繁に招かれるようになります。この頃パーカー・ボウルズ(後、英国陸軍准将、獣医学校校長)の家にも連れて行かれたダイアナ元妃は、カミラ夫人(カミラ王妃)にも紹介されました。

実は、ダイアナ妃ファンの筆者としてはちょっとだけいらだつことがここで起こっていました。チャールズ皇太子(チャールズ国王)は、ダイアナと結婚することについてカミラ夫人(現カミラ王妃)の意見を聞いたそう。

自身はチャールズのプロポーズを待ちきれずにすでに結婚していたため、カミラ夫人はダイアナとの結婚を進めるようにチャールズ皇太子(チャールズ国王)に進言したそうです。カミラ夫人(現カミラ王妃)がいなければ、ダイアナ元妃は幸せな結婚生活を送れていたのかもしれないと・・・多くのダイアナ元妃ファンなら感じてしまうのかもしれません。

メディアとの闘いのはじまり?

1980年秋ごろになるとチャールズ皇太子(チャールズ国王)とダイアナとの関係がマスコミにバレてしまい昼夜問わずにマスコミはダイアナ元妃の元に押し寄せてくるようになってしまいます。ダイアナ元妃にとって、この時からマスコミとの戦いのようなものが始まったのです。

その当時、ダイアナ元妃が勤務していた幼稚園にまでマスコミがやって来るようになりました。そして、彼女が行く先々には何台ものマスコミの車か現れて、常に異常なくらいパパラッチから追跡を受けるように。しかし、ダイアナ元妃は様々な方法を使ってマスコミを巻いてチャールズ皇太子(チャールズ国王)に会いに行っていたそう。

プリンセス・ダイアナ

Photo credit: Parkerphotography / Alamy Stock Photo

1981年2月6日、チャールズ皇太子(チャールズ国王)がウィンザー城でダイアナにプロポーズをすることに。ダイアナは冗談だと思って笑っていたそうなのですが、「貴女はいつの日か王妃となるのだ」と述べたそうで、ダイアナはこのプロポーズを受け入れました。

プリンセス・ダイアナ

Prince Charles kisses the hand of his bride Princess Diana on the balcony of Buckingham Palace on their wedding day in London, England, July 29, 1981. (AP Photo/Press Association)Copyright © 2022 MediaNews Group

婚約発表の前日となった2月23日夜、ダイアナはルームメイトたちに別れを告げスコットランドヤード (ロンドンのほぼ全域を管轄する警察組織でロンドン警視庁の本部)の警部の警備のもと出かけることに。

警部は「今夜が貴女の人生で最後の自由な夜ですよ。精一杯お楽しみなさい」と伝えたそうで、ダイアナ元妃は「剣で心臓を貫かれたようでした」と回顧しているんだそう。

プリンセス・ダイアナ

PA IMAGES VIA GETTY

実は、この頃から宮殿の丁寧ではあるもののそのよそよそしさを感じており監獄に入ったかのような息苦しさを感じるようになったダイアナ元妃。おまけに皇太子とカミラの関係にも敏感になっていきました。

ストレスで拒食症になり婚約発表時に72.5センチあったウェストは結婚式までに57.5センチまで落ちたそうです。そして、世紀のウエデイングと言われたあの盛大なロイヤルウエデイングを迎えることになるのです。

【プリンセス・ダイアナ】あらすじは?

本作のストーリーは先ほどご紹介したチャールズ皇太子(チャールズ国王)との婚約の前頃から始まると思われます。チャールズ皇太子(現チャールズ国王)との婚約が決まり、世紀のロイヤルウエデイングが行われ無事に挙式も終えたはずが、若く美しいダイアナ妃をメディアが放っておくわけがなく・・・。

執拗なパパラッチの追いかけや、マスコミや世論の自分への関心も結婚式後には無くなると思っていたダイアナの期待を裏切り、ダイアナ人気はその後も長く続いていきます。

それまで普通の貴族の令嬢である意味自由だった彼女の生活は一変し、様々な雑誌の表紙を彼女が飾り続け、どこにいても何をしていても常にマスコミの目とカメラを気にしなければならないプレッシャーの日々が続いていきました。

そんなダイアナ元妃の苦しみや寂しさ、悲しみなどが本作の中でも観られるこんして、ユニセフなどをはじめとして政治家をも動かすような様々な支援にも力を入れていました。

プリンセス・ダイアナ

Photo credit: Kent Gavin

人道支援の他にも赤十字とともに地雷廃絶に力を入れていました。特に内戦が2002年まで続き、荒廃したアンゴラで大量に設置されていた対人地雷の禁止を訴えており、自身が足を運び地雷の危険性を訴えていたのが今でも目に浮かびますね。

その想いは今も息子であるウイリアム王子(現ウイリアム皇太子)とハリー王子にも受け継がれているようです。彼らもユニセフなどの慈善活動や人道支援をを精力的にしています。きっとダイアナ元妃も息子たちを誇りに思っていることでしょう。

最後に

イギリスではすでに本作はダイアナ元妃の誕生日である7月1日(金)より公開されております。今もなお人々の記憶から消えることのない世界中から愛されたプリンセス・ダイアナ。

突然の事故死で世界中が悲しみに包まれ、ダイアナ元妃と親しかったエルトン・ジョンが葬儀の際に歌った1973年にマリリン・モンローに捧げた曲をリメイクした追悼ソング『キャンドル・イン・ザ・ウインド〜ダイアナ元英皇太子妃に捧ぐ』(原題:Candle in the Wind)には涙がこぼれたのを思い出します。

この曲ですが、シングルとして売り出され1日で60万売り上げてこの年のシングル売り上げナンバーワンとなったそうで、全世界で3.700万枚売り上げているそうです。

正直今でもダイアナ元妃が生きていらっしゃったら、ハリー王子も王室から離脱などしなかったのかもなどと思ってしまいます。そして、カミラ夫人(カミラ王妃)とチャールズ国王が不倫などせずにダイアナ元妃と幸せな家庭を築いていたならダイアナ元妃は13歳も年上のチャールズ皇太子ともっとお幸せな結婚生活を送れたのではないかな・・・と勝手に妄想してしまいます。余計なお世話ではありますがね・・・。

25年という歳月が経過し、時代が流れ、先日在位70年というエリザベス女王陛下がお亡くなりになってしまいました。そして英国王室ではチャールズ国王が即位しましたね。エリザベス女王の崩御もとても驚きました。確かに高齢ではあったものの、新しく決まられた首相ともお会いになったお姿がニュースで流れたばかりだったのに・・・残念です。

Photo credit: Richard Ellis / Alamy Stock Photo

こんなに長い時間が経過してた今もなお世界中から愛されているダイアナ元妃。ダイアナ元妃がお亡くなりになってしまって残念で悲しい思いになるのは筆者ばかりではないと思います。

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プリンセス・ダイアナ

HRH The Princess of Wales after her wedding at Buckingham Palace on 29th July 1981. (Photo by Lichfield Archive via Getty Images).

心に秘めた苦悩を見せずに皇太子妃として精力的に公務をこなし、離婚して王室を離れてもなお聡明でお優しい人柄とキラキラと耀く笑顔を見せ続けてくれたダイアナ元妃。王室とどのような関係で悩み苦しんでいたのかは正直本当のところは分かりません。

しかし、あのダイアナ元妃のお姿をスクリーンで堪能できる貴重な機会となるはず。ぜひ劇場へ足をお運びいただきダイアナ元妃のお姿を目に焼き付けてみてはいかがでしょう。

最後までご覧くださりありがとうございました。

《原題》The Princess

《製作年》2022年

《上映時間》109分

《製作国》イギリス

《配給》STAR CHANNEL MOVIES

《監督》エド・パーキンズ

《製作》サイモン・チン ジョナサン・チン

《製作総指揮》ナンシー・エイブラハム リサ・ヘラー ジャック・オリバー ポピー・ディクソン ウィル・クラーク アンディ・メイソン マイク・ルナゴール ジェイミー・モリス

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