2022年5月6日に公開を迎えたサスペンス映画『死刑にいたる病』。
阿部サダヲと岡田健史が主演し、2人の圧巻のパフォーマンスを魅せるストーリーが白眉となる作品です。
監督は白石和彌が務め、2015年に刊行された「チェインドッグ」が原作となる。
そんな本作『死刑にいたる病』を、10倍楽しむために必要な10箇条を紹介します。
『死刑にいたる病』の概要
2022年5月6日に劇場公開を迎えた映画『死刑にいたる病』。
主演は2人、阿部サダヲと岡田健史。
この他には、中山美穂や岩田剛典が重要な役どころを担うほか、映画開設で有名な赤ペン滝川なども出演する。
物語は、物静かな大学生の元に、1通の手紙が届く。
それが中学生の頃に交流があった男性。
しかも獄中から…
そして物語は、彼の心の中に迫っていく…
24人も殺した連続殺人鬼。
立件されたのは9件、しかしそのうちの1件だけは彼の仕業ではないという…
大学生の男性は、その1件の真犯人を探そうとする…
一見、このあらすじを読むと典型的なミステリー作品と感じますが…
ストーリーは、いくつもの視点で楽しめる、とてもスリリングな内容です。
この映画の魅力を、余す事なくお届けします!
この記事を読んだ後に観ると…
より一層楽しめるかも!
1.これが阿部サダヲ!
阿部サダヲという俳優は…
近年でいうと、底抜けに明るい、優しい、かわいい、など。
そんな男性のイメージが強い印象の俳優です。
代表作は、『マルモのおきて』など。
ドラマでの印象がハマり役として、広く知れ渡っています。
しかし、この映画ではそんな阿部サダヲのイメージは全くもって通用しない。
何故なら、登場のシーンから殺人鬼として登場する。
古くからの阿部サダヲを知っていると…『踊る大捜査線』での奇妙な男のイメージが鮮明に残っているのが印象的。
影があって、どこか気持ち悪い不気味さを隠す。
本作『死刑にいたる病』でも、まさしくそんなイメージを思い起こさせる、異様な不気味さを感じさせる男、榛村大和を阿部サダヲが演じています。
いつものイメージとは大きく異なる不気味な阿部サダヲを、ぜひ堪能してください!
2.ミステリーとして
映画『死刑にいたる病』では、死刑囚の榛村大和が過去に面識のあった大学生、岡田健史演じる筧井雅也に1通の手紙を出す事で物語が大きく動き始めます。
24件もの残虐な殺人事件の犯人である榛村大和。
しかし、そのうちの1件はやっていないと言い、筧井雅也は独自で捜査を始めます。
殺害現場を訪れたり、目撃者に話を聞いたり…
いわゆる典型的な事件ミステリーとして、前半は話が進んでいくのです。
これがあまりにもひどい事件なので、退屈する事なく次々と明らかになる真実に、息を呑む展開へと繋がっていきます。
3.サイコパス
この映画の犯人は、最初から明らかになっています。
真犯人は別として…
全ての元凶は、阿部サダヲ演じる榛村大和です。
この男は、24人もの高校生の男女を、ありえないほどに残忍な方法で殺しています。
それは尋常ではないほどに、圧倒的な方法で…
まさしく、それはサイコパスだからこそ行える犯行。
サイコパスは、そのままサイコなほどに壊れた人間。
しかしこの榛村大和は、物語が進めば進むほどにサイコパスとはかけ離れた人物なのです。
当然、ストーリーが進むにつれ、榛村大和という人物を知ることになるのですが…
サイコパスな人間とは、全く感じなくなるのです。
まさしくその違和感こそ、この物語の肝となる部分と言えるでしょう。
4.大どんでん返し
中盤まで、物語は真犯人の究明を主題に進んでいきます。
筧井雅也が、事件の関係者に話を聞き、榛村大和の犯行をなぞっていくのです。
すると、ある時気がつきます。
最初の頃の筧井雅也と印象がどんどん変わっていく事に…
人と話すのも苦手そうな、寡黙な若者だったはずの青年が…
いつしか、どんどん意見を言い、話を引き出すようになっていくのです。
そして、事件を追っていただけのミステリーが、ある時一変します。
この物語のタイトルでもある、「死刑にいたる病」、その正体が何なのか…
それが明らかになった時、本当に恐怖を感じる存在は犯人探しではない事に驚くのです。
5.筧井雅也
この映画『死刑にいたる病』の主人公の1人、筧井雅也。
父親から、中学生の頃に暴力を受けます。
とはいえ虐待ではなく、折檻の一環といった感じです。
厳しい父親で、決して一般的な温かい家庭という感じの関係性ではありませんでした。
なので、大学生である筧井雅也は、いわゆる陰キャ的な存在で大学生活も1人で行動しており、楽しそうではありません。
そんな彼に転機が訪れます。
それが中学生の時に交流があったパン屋の店主でもあった、榛村大和からの手紙です。
この手紙を機に、彼は変わるきっかけを手にするのでした。
6.榛村大和
この物語の元凶である榛村大和。
彼は、サイコパスでありながらも必ず決まったターゲットがおり、やり方も決まった方法で犯行を行っていました。
17〜18歳の高校生で黒髪の、とても真面目そうな男女をターゲットにしています。
やり方も残忍で、必ず決まった方法で犯行を行っているのです。
しかし、筧井雅也に話した内容で唯一そのやり方、ターゲットに当てはまらない方法で行われていたのです。
この榛村大和のルーティンに当てはまらない犯行、この真犯人もやり方は違えど残忍な方法で反抗を行なっています。
まだ野放しになっている真犯人探し、それを筧井雅也に依頼するのでした…
7.筧井衿子
筧井衿子は、筧井雅也の母親です。
演じるのは、中山美穂。
キーとなるキャストは少ないので、この配役から、とても重要な存在であることから序盤から違和感として残ります。
彼女は、自分では何かを決めることは出来ない、優柔不断な人物です。
祖母のお葬式でも、遺品の整理でも息子である雅也に判断を求めています。
その結果、雅也と父親、その家族関係の違和感が雅也にある判断、ある考えを生じさせる事になるのです。
この母親の存在、これも注視しておく事が重要です。
8.ソシオパス
本作において、榛村大和は圧倒的なサイコパスとして描かれます。
それは、その犯行の内容からも、最悪なサイコパスとしてほとんどの人は映るでしょう。
しかしそれは、誤りだったのです。
榛村大和は、完全なるソシオパスでした。
サイコパスとは、「感情の一部が欠如している」人を指します。
一般的には愛情などが欠落しており、榛村大和もそのように映ります。
何故ならば、あの残忍な犯行はまさしく感情の欠落がなければ絶対に行うことは出来ないはず、という思い込みが冒頭からも伝わるのです。
反社会的性人格障害と言われ、特殊な人格であるソシオパス。
サイコパスは、生まれ持った性格になるのですが…
ソシオパスは、幼少期の体験によって培われていきます。
榛村大和の性質はこの様に、ソシオパスとして培われていった結果であることが、ストーリーの進行とともに明らかになっていくのです。
しかし正確に榛村大和をソシオパスとすると、幾つか当てはまらない部分も存在します。
その結果、榛村大和は、天才的頭脳を持つサイコパスが、ソシオパスになった…
そう捉えると、かなり合点がいき納得できるのです。
要するに、最悪な殺人鬼である。
それが榛村大和という存在なのです。
9.どこまでが仕掛け?
天才的頭脳を持つサイコパスが、虐待などによりソシオパスになった事で、衝動的に殺人計画を練り、行動に移します。
この物語の肝は、そんな天才的サイコパスが、とことん人をコントロールするソシオパス的要素がクライマックスの肝となります。
それはどこまでが、榛村大和の計画であるのか…
筧井雅也は、その計画にまんまと乗ってしまうのです。
榛村大和の手のひらの上、クライマックスで行われる筧井雅也vs榛村大和の最終決戦は、この映画の最大の見どころです。
単純に、役柄同士だけではなく、阿部サダヲvs岡田健史の新旧の俳優対決として観ても、非常に見どころとなるヒリヒリのシーンです!
圧巻の2人のやりとりは、ググッと引き込まれる…
そんな場面です。
そして榛村大和の仕掛けは、最後の最後まで年密に仕掛けられています。
ラストシーンのサプライズは、絶対に見逃すべからず!
10.ネタバレしてもOK!
さて、ここまで核心には触れずに解説してきましたが…
本作は、ある程度ネタバレして鑑賞しても全く問題ありません。
何故ならば…
文字だけでは伝わりきらない、映像だからこその仕掛けが残されているのです。
もちろん、本作は原作小説があるので、事前にネタバレした状態で鑑賞することも可能です。
でも、その内容を知っていたとしても、最後のシーンの怖さは映画からしか伝わらないでしょう。
この物語の肝は、榛村大和の仕掛け。
これがどこまで行われているのか…
榛村大和は、サイコパスとして感情が欠落していながらも、圧倒的なソシオパスとして人をコントロールします。
それは病的なまでに、人の懐に完璧に入り込み、操ります。
恐怖ですり込んだり、愛嬌や年密な計画で壁を取り去ったり…
その結果、全ては榛村大和の仕掛けの内なのです。
そんなネタバレをしていても…
この映画は、映像として観るからこそ、価値がある作品です。
これこそ、監督の白石和彌の成せる技。
その職人芸を、とくとその目に刻んでみてください!