本記事は2028年大河ドラマ【ジョン万】のキャスト・登場人物・相関図・ジョン万次郎の生涯・スタッフ・放送日を紹介します。
主演は山﨑賢人。通訳・翻訳家として活躍したジョン万次郎(中浜万次郎)の波乱の生涯を描きます。
【ジョン万】のキャスト
山﨑賢人(役:中濱万次郎)
:山﨑賢人(やまざき けんと)…1994年〈平成6年〉9月7日生まれ。東京都出身。スターダストプロモーション制作2部所属。2010年に俳優デビュー。2015年上半期「まれ」で連続テレビ小説初出演。大河ドラマは初出演となる。
代表作:【映画】『キングダム』シリーズ(19~26)、『劇場』(20)、『陰陽師0』(24)、『ゴールデンカムイ』シリーズ(24~26)『アンダーニンジャ』(25)、【ドラマ】「今際の国のアリス」シリーズ(20~25)など。
:中濱万次郎(なかはま まんじろう)…歴史に名が残るはずなどなかった貧しき漁師。だが漂流の悲劇の末に救出され、アメリカに渡り、日本を救う“知と技”を得た一流の船乗りとなる。異国の友は彼をJohn Mung(ジョン マン) と呼んだ。
山﨑賢人さんといえば「キングダム」を筆頭に、アニメや漫画の実写化作品に数多く出演している印象。NHKのイメージは少ないですが、映画主演は数多くしてきて、ついに大河ドラマ主演。幅広い役柄を演じてきたその演技力には注目です!
山﨑賢人さんは制作発表の会見で「(今作で主演することに)緊張や怖さもあったが、それよりもこの船に乗って航海をしてみたいワクワクの方が強い」と意気込みを語っています。
脚本の藤本有紀さんは大河ドラマを書くことを大海原の航海に例えて、「この船は幸運にも、山﨑賢人さんという光り輝く星を見つけることができました。ジョン万次郎を心に宿した山﨑さんは、冬の夜空に燦然ときらめいて航海の指標となるオリオン座のように、大河ドラマ『ジョン万』号の冒険を導いてくださることでしょう。」と主演の山﨑さんについてコメントしています。
【ジョン万】の相関図
のちほど更新します。
ジョン万次郎の生涯
ジョン万次郎こと中浜万次郎は、江戸時代末期から明治にかけての日本の旗本、英語通訳、翻訳家、教育家。
文政10年(1827年)1月1日に現在の高知県の漁師家庭に生まれ、9歳に父親を亡くし、幼い頃から稼ぎに出た。
14歳の頃に漁に出て遭難し、数日間漂流して太平洋に浮かぶ無人島「鳥島」に漂着。米国の捕鯨船ジョン・ハウランド号によって救助される。 当時の日本は鎖国状態にあり、帰国できたとしても命の保証はなかった。万次郎を除く4人の遭難者はハワイに降ろされたが万次郎を気に入った船長は米国へ連れ帰ることを提案。万次郎もこれに同意して米国へ渡った。
万次郎は船長の養子となり、学校で英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学んだ。卒業後は捕鯨船に乗り、ゴールドラッシュの起こっていたカリフォルニアで帰国資金を貯めて、ハワイで先に降ろされた漂流仲間のもとへ。
帰国準備を整え嘉永4年(1851年)に現在の沖縄県に上陸した。
帰国から約2年後。故郷の高知県に帰り、高知城下の藩校「教授館」の教授に着任。
その後、万次郎は幕府に招へいされ、幕府直参に。その際、故郷である中浜(高知県土佐清水市中浜)を姓として授かり、中濱万次郎と名乗るようになったといわれている。異例の出世の理由は、ペリー来航が関係していて、米国の情報を必要としていたからだった。江川英龍の元で翻訳や通訳、造船指揮、人材育成など多岐にわたって活躍し、一時期はペリーの通訳も務めるほどに。
万延元年(1860年)、日米修好通商条約の批准書交換のため使節団を乗せた随行艦「咸臨丸」の通訳、技術指導員に就任。艦長の勝海舟や福沢諭吉ら歴史的に重要な人物らとともに米国を目指す。
その後、捕鯨活動、小笠原開拓、開成学校教授就任などに取り組み、明治3年(1870年)には普仏戦争視察団として欧州へ。
しかし帰国後、万次郎は病に倒れ、明治31年(1898年)71歳でこの世を去った。
【これまでの大河ドラマでジョン万次郎が登場した作品】
- 『竜馬がゆく』(1968)井川比佐志
- 『翔ぶが如く』(1990)中西良太
- 『篤姫』(2008)勝地涼
- 『龍馬伝』(2010)トータス松本
- 『西郷どん』(2018)劇団ひとり
【ジョン万】のスタッフ
- 【作】藤本有紀(『連続テレビ小説 ちりとてちん』『大河ドラマ 平清盛』『連続テレビ小説 カムカムエヴリバディ』他)
- 【制作統括】家冨未央
- 【プロデューサー】二見大輔
- 【演出】保坂慶太、泉並敬眞、石川慶
【ジョン万】はいつから放送?
大河ドラマ「ジョン万」は2028年1月放送スタート。同年12月まで1年間、毎週日曜20時(NHK総合)に放送!

