バカリズムの原作・脚本・主演による映画『架空OL日記』は、ドラマ化を経て劇場版として公開。特に大きな事件が起こるわけではない、OLの日常。職場の人間関係、OL同士のお楽しみが描かれ、大爆笑というよりは、ニヤニヤクスクス笑いが止まらない。なぜなら、そこに日常あるあるが潜んでいるからだろう。
男であるバカリズムがOLの気持ちを綴り、映像化する際はヒロインを演じるという、まるでコントのような作品だが、彼は女性を演じることで笑いをとろうとしていないところが、ほかの芸人とは一線を画している。では、この作品の魅力を探っていこう。
【作品DATA】
『架空OL日記』
原作・脚本:バカリズム
監督:住田崇
出演:バカリズム、夏帆、臼田あさ美、佐藤玲、山田真歩、三浦透子、シム・ウンギョン、石橋菜津美、志田未来、坂井真紀
【素性を隠して発表した原作の驚き!】
本作の原作である「架空OL日記」は、2006年から3年間、バカリズムが素性を隠して、銀行に勤めるOLになりきって綴ったブログである。バカリズムが執筆していたフィクションであることを知ったとき、読者のOLたちから「女心がわかりすぎている」「頭どうなってんの?」と驚きの声が多数あがったそうだ。すでに連続ドラマ「素敵な選TAXI」など脚本家としての力を発揮していたバカリズム。ドラマ「架空OL日記」では、向田邦子賞を受賞するという快挙を達成した。
【原作未読、ドラマ未見でも楽しめる劇場版】
ドラマは未見のまま映画『架空OL日記』を鑑賞したのだが「OLドラマの短編集」的な構成なので、原作やドラマを知らなくてもすんなり楽しめる。ただバカリズムがOLを演じるという情報だけは入れておいた方がいいかもしれない。OLらしい格好をして薄化粧を施し、銀行では制服姿のバカリズム。厚化粧やカツラなど過剰な女装はせず、バカリズムの顔のまま出ているので、何も知らないまま観ると「???」となるかも。彼は小柄で男性的なルックスではないので、違和感はゼロではあるのだが~。また彼が”いかにもな女装をせずにOLに扮している意味”は最後に明らかになる。
【女性を性的な目で見ないからこそ成功したリアルな女性像】
映画「架空OL日記」
かなり評判良いみたいです。
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映画『架空OL日記』に出てくるOLに対し、脚本家であるバカリズムは、彼女たちを男が喜ぶような女性を当てはめて描かない。あくまで「あるあるOL」を大事にしていると思う。ロッカールームが舞台となってもそこで展開されるのは着替えではなく、女同士のおしゃべりである。上司や同僚の噂話など男性社員がこき下ろされて、笑われている場面が多く、女性の残酷さや毒がほのかに感じられるところが観ていて楽しい。
この作品でバカリズムは、彼女たちと同じ目線で世の中を見ることに徹している。女の気持ちになるというより、同じ世界を見て、それをセリフに落とし込んでいるのだ。冒頭、「私」(バカリズム)とマキ(夏帆)が「月曜日が嫌い」という意見を一致させて、月曜日のユウウツをなんとかしようと不毛な会話を繰り返すシーンなど、休み明けのユウウツな気持ちをキャラクターたちに代弁させており、スッキリする。そこに男女の考えの差はない。
「女性だからこうだろう」という先入観はゼロ。ただストレートに彼女たちと同じ目線で見て感じたことをそのまま描いているから共感を得られたのだ。
【結婚話は最終兵器】
この作品には恋物語は登場しない。「恋愛なんて面倒くさい」あるいは「恋愛なんて恥ずかしい」どちらかの気持ちがバカリズムにあるのではないか。ご結婚されたことを思うと後者かもしれないが、恋愛を描くと、そこに自身の恋愛観が反映される可能性が高く、そこを避けているのかなと思うのは考え過ぎだろうか。
しかし、この作品は後半でOLにとって大切な「結婚」をいうワードをぶち込んでくる。仲良しOLグループの中で一番頼られている小峰様(臼田あさ美)の結婚エピソードはなかなかの衝撃だ。ひとりが結婚すると、OLたちの心はちょっとざわめく。長い付き合いの仲間だから、涙が出るほどうれしい。小峰様には幸せになってほしい! でも、ロッカールームで「結婚」話がでて、みんなが一瞬「え!」となるところは、OLたちの本音をついている。ちょっと「やられた」といった感があると思ったのは私だけだろうか。
【女の友情と嫉妬心が絶妙!】
ジワジワと共感を得るのが、「私」とマキの友情。OL仲間の中でもいちばん気が合っている様子が映画を観ているとよくわかるが、マキはジムで体を鍛えるのが趣味であり、「私」が知らない人間関係がそこで築かれている。みんなでジムに行ったとき、マキがジム仲間と親しく会話をかわす描写があり、楽しそうな彼女を見て「私」はちょっと気にしている様子だ(嫉妬?)。ここが凄い! 毎日、職場で顔を合わせ、なんでも話し合う仲良しだけれど、マキは「私」の知らない世界を持っている。バカリズムは、そのことに「私」が少しだけショックを受ける様子をさりげなく映し出す。個人的にこの気持ち、このときの寂しさがよくわかるだけに、巧いなあと、うなった。
【現実を笑いに昇華する!】
劇場版にのみ登場するキャラクターである小野寺課長(坂井真紀)と「私」の判子をめぐるエピソードはほとんどコントのような内容であり、全体的にシットコムとしても成立しそうな脚本でもある。そんな中で細部への目配りをきかせ「あるある」と笑いながらも、さまざまなエピソードにピリ辛スパイスを少しだけ投入している。ちょっとピクリとするような……。リアリティをそのまま提供せず、ひねってスパイス振りかけて、ブラックな笑いで提供するバカリズム。辛すぎないところが絶妙だ。後を引くから~。
またメインキャラクターが立っており、それぞれの役に女優がドンピシャはまっている。夏帆、臼田あさ美、山田真歩、佐藤玲とバカリズムが集まったときの会話のパフォーマンスのレベルの高さ、素晴らしい!
バカリズムさえ、その気になれば、続編はいくらでも作られそうな『架空OL日記』……と思ったけど、劇場版のあのラストは、この先続くのかとちょっと不安に。とはいえ、バカリズム脚本の現時点での代表作だけに、一見の価値ありだと思う。