凶暴でサイケな白昼夢
5月15日(土)より、ニュー・ジャーマン・シネマの虎狼・ローラント・クリックが1970年に監督した映画『デッドロック』が公開されます。
「ファンタスティックで、ビザール(奇怪)で、ギラついている」とカルト映画『エル・トポ』でおなじみのアレハンドロ・ホドルフスキーに言わしめ(エル・トポも相当ファンタスティックでビザールな映画ですが。)、スピルバーグやタランティーノも賞賛した希有な才能が放つどこにも属さない西部劇『デッドロック』。
今回は、映画『デッドロック』のキャストやあらすじ、注目ポイント、ニュー・ジャーマン・シネマの歴史などについて紹介します。
それでは、ご覧ください!
映画『デッドロック』予告編&作品情報
まずは、映画『デッドロック』の予告編をどうぞ。
作品情報はこちらです。
監督: | ローラント・クリック |
キャスト: | マリオ・アドルフ、アンソニー・ドーソン、マルクヴァルト・ボーム、マーシャ・ラベン |
制作年: | 1970年 |
音楽: | CAN |
制作国: | ドイツ |
配給: | オンリー・ハーツ/アダン・ソニア |
映画『デッドロック』あらすじ
映画『デッドロック』のあらすじは下記のとおりです。
閉鎖された鉱山デッドロックの監督官ダム(マリオ・アドルフ)は、荒野で行き倒れになっていた男と大金が入ったジュラルミンケースをみつける。謎の若い男キッド(マルクヴァルト・ボーム)を殺しきれなかったダムは、彼を介抱してやる。デッドロックには、元娼婦のコリンナ(ベティ・シーガル)、その娘と思われる口のきけない美少女ジェシー(マーシャ・ラベン)がいて、キッドは異様な緊張感の中で身体を癒していく。数日後、キッドの仲間である死神のような非情な殺し屋サンシャイン(アンソニー・ドーソン)が村にやってきて、ダムをいびりまくって金を奪う。サンシャインは単身逃げようとするが、キッドとジェシーが罠を仕掛けていた……。
(引用元:http://deadlock.movie.onlyhearts.co.jp/)
【作品解説】
大金を持って荒野で行き倒れた男と、行き倒れた男を介抱するデッドロックの監督官、非常な殺し屋達の駆け引きとそこに住む女2人が関わる物語。
アメリカのどこか知らない場所を舞台に中東の戦争地帯で撮影し、マカロニウエスタンのようなアメリカン・ニューシネマのような雰囲気に仕上がった本作品。
アメリカ人ではないドイツ人監督が撮る、まさにファンタスティックで、ビザール(奇怪)で、ギラついた世界観。
あらすじを見ているだけで、映画の観たい指数100%になるではありませんか!
映画『デッドロック』の注目のキャスト
ここでは、映画『デッドロック』の主なキャストについて紹介します。
それぞれの役者さんが魅力的です。
マリオ・アドルフ/チャールズ・ダム役
世界的にヒットしたパウルマイ監督の『08/15』シリーズ(1954~56)で映画デビュー、サム・ペキンパー監督の『ダンディ少佐』(1964年)、フォルカー・シュレンドルフ監督の『ブリキの太鼓』(1979年)、ヨハネス・シャーフ監督の『モモ』(1987年)、アンナジャスティス監督『ピノキオ』(2013年)など数々の作品に出演している大ベテラン俳優です。
フランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』へのオファーを拒否したという物凄い逸話の持ち主でもあります。出演したらどんな配役だったのでしょうか?(本人も拒否したことを後悔しているとか)
クエンティン・タランティーノにも影響を与えたフェルナンド・ディ・レオ監督の『皆殺しハンター』(1972年)では、理由なくマフィアや殺し屋につけ狙われる男を演じていました。
妻子を奪われ復讐の鬼と化した時の演技は、かなりの迫力です。(車のフロントガラスを頭突きで破壊するなんてシーンが出てきますが、どんだけ石頭なんだよ?と。)
本作品『デッド・ロック』では、一転して、弱々しく砂漠を逃げまどう姿が印象的です。その姿に哀愁すら感じてしまうのは私だけでしょうか?
ちなみに、マリオ・アドルフさんは、現在90歳。
2019年には『アルテハンデ』というドイツのTV映画で主演をしており、まだまだ現役で活躍中です!
(写真左がマリアアドルフ)
アンソニー・ドーソン/サンシャイン役
サンシャインを演じるのは、アンソニー・ドーソン(1916-1992年没)です。
アルフレッド・ヒッチコック監督の『ダイヤルMを回せ』(1954年)、『007ドクターノー』(1962年)などの作品で悪役として印象に残る演技を披露。
ジュリオ・ペトローニ監督の『暁のガンマン』(1968年)では、冷酷な殺し屋のボス・サミュエル役を演じていました。主演のジュリアーノジェンマとの対決シーンは、見所十分。わずか数シーンしか出番はないものの、強烈な存在感がありました。この映画では、マリオ・アドルフとも共演しています。
ちなみに、『暁のガンマン』の音楽を担当したのが、ジュゼッペ・トルナトーレ監督『ニューシネマパラダイス』などで知られるエンニオ・モリコーネというところもポイントですよ♪
マルクヴァルト・ボーム/キッド(若い殺し屋)役
若い殺し屋キッドを演じるのは、マルクヴァルト・ボーム(1941-2006年没)です。『聖なるパン助に注意』(1970年)、『不安は魂を食いつくす』(1974年)、『自由の代償』(1975年)、『ヴェルリンアレクサンダー広場』(1980年)などのライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作品に主に出演、ヴィム・ヴェンダース監督の『さすらい』(1976年)にも出演しています。
長髪が似合う雰囲気のある俳優さんです。
マーシャ・ラベン/ジェシー(小娘)役
ジェシーを演じるのは、マーシャ・ラベン(1949-2006年没)です。(偶然にも、マルクヴァルト・ボームと同じ2006年の2月3日に亡くなっています。)
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の『あやつり糸の世界』(1973年)などの作品に出演しています。
『#デッドロック』のヒロインは、3年後 #ファスビンダー 監督『あやつり糸の世界』のヒロインに。謎めいた艶女役でも、匂い立つ色気というより微かに薫る風のような #マーシャ・ラベン。彼女目的の3時間半でしたが、出番は後半に集中。疲れたけど20代ファスビンダーの才気はさすが。 pic.twitter.com/kE5WSMW4ef
— 映画『デッドロック』公式 (@deadlock_movie) April 12, 2021
ドイツ映画の歴史について
ローラント・クリック監督が生まれたドイツの映画は、どのような歴史をたどってきたのでしょうか?簡単に紹介したいと思います。
1960年までのドイツ映画について
ドイツ映画の歴史は、さかのぼること1895年。スクラダノウスキー兄弟によって始まりました。
1910年代に芸術映画が撮られるようになり、怪奇幻想映画『プラークの大学生』(1913年)ではエドガーアランポーの短編を映画化。(「俺は神でも悪魔でもないが、悪魔からお前と同じ名前を付けられた。お前の行くところには最後までついていく。お前の墓に座るまで」というドイツの詩人アルフレッド・ミュッセのセリフが印象的です。)
その後、ロベルト・ヴィーネ監督の『ガリガリ博士』(1919年)やパウル・ヴェゲナー監督の『巨人ゴーレム』(1920年)、F・W・ムルナウ監督の『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922年)、などのドイツ表現主義の映画が続々と公開され、ドイツ映画の国際的な評価は高まっていきます。
1920年代には年間約600もの映画が上映され、映画産業は活況を呈することに。
しかし、1930年代のヒトラーのナチス政権時には、ドイツ映画はナチスの監視下におかれ、独自の映画を作ることができなくなりました。映画をナチス政権のプロパガンダの道具とされることを嫌った有名俳優・映画監督・プロデューサーなどは、ドイツ国内から逃れることになるのです。
1945年の敗戦を経て、一時期ドイツ映画の観客動員数は落ち込んだもののコンスタントに作品は生み出され、1950年代には再び国際的な評価を得ます。
しかし、テレビ時代の幕開けにより、1960年代に入るとドイツ国内の映画人気に陰りがみえてきます。
ニュー・ジャーマン・シネマって?
1960年代に入っても、コンスタントにドイツ映画は作られていましたが、1961年と62年とドイツ連邦映画賞(毎年ドイツの映画産業を称える授賞式)の候補から2年連続で作品が選出されないという事態が起こります。
ドイツ映画産業の衰退に危機感を持っていた若い映画作家たちは、1962年にオーバーハウンゼン国際短編映画祭の壇上で「古い映画は死んだ。自分たちが新しいドイツ映画を作る!」といったマニフェスト”オーバーハウンゼン宣言”を行います。ドイツ映画会に新しい風を吹き込む宣言です。
3年後の1965年には、宣言をした若者たちが要求した新人監督公的映画助成機関・クラトリウムが設立。(本作品のローランドクリック監督もこのクラトリウムにより助成を受けています!)
ここから、『キツネの禁漁期』(1964年)のペーター・シャニモニ、『昨日からの別れ』(1966年)のアレクサンダー・クルーゲ、『テルレスの青春』(1966年)のフォルカー・シュレンドルフなど若手の映画監督が世に出て、国際的に評価されていきます。
1966年から67年のドイツ映画界の新しい幕開け。ニュー・ジャーマン・シネマは、この時期が実質的な始まりです。
ニュー・ジャーマン・シネマの誕生から、続々と若手監督が登場していきます。
その代表的な監督は、『アギーレ・神の怒り』(1972年)のヴェルナー・ヘルツフォーク、『マリアブラウンの結婚』(1978年)のヴェルナー・ファスビンダー、『まわり道』(1973年)のヴィム・ベンダース監督などがいます。
ニュー・ジャーマン・シネマは海外でも注目され、フォルカー・シュレンドルフ監督の『ブリキの太鼓』(1979年)がカンヌで金賞を受賞、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の『鉛の時代』(1981年)、ヴィム・ベンダース監督の『ことの次第』(1982年)がヴェネチア国際映画祭・金獅子賞、を受賞するなど、海外でも認められるようになります。(その他、ヴォルク・ガンクペーターセン監督の『Uボート』(1981年)などの作品も。)
その終焉には明確な定義はないものの、ニュー・ジャーマン・シネマが世界的に注目されるようになり外国資本が進出してきたこと、1982年に運動の象徴的存在のライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督が夭折したことが事実上の終わりとされています。
私が個人的に好きなニュー・ジャーマン・シネマは、ヴィム・ベンダース監督の『パリ・テキサス』(1982年)です。
家族を捨てて音信不通になっていた男が4年ぶりに現れ、自分の息子と道を隔てて歩くシーン。「親子が離れていた時間の距離を絶妙に描いたシーンだなー」と思った記憶があります。
また、妻役のナスターシャ・キンスキーのため息が出てしまうような美しさ、輝き、繊細な演技が印象的でした。
映画『デッドロック』の注目ポイントについて考える♪
ドイツ映画の歴史やニュー・ジャーマン・シネマについての解説をしたところで、本作、『デッドロック』の注目ポイントを考えてみたいと思います。
ローラント・クリック監督について
本作『デッド・ロック』の制作・監督・脚本を担当したローラント・クリックは、1939年ドイツバイエルン州ホーフで生まれ。(現在81歳と健在です!)
短編映画『クリスマス』(1963年)や中編映画『ジミー・オルフェウス』(1966年)などを経て、『BUBCHEN』(1968年)でドイツ国内でも注目されます。
その後、『スーパーマーケット』(1974年)で、ドイツ映画監督賞を受賞、『White Star』(1983年)では、ドイツ映画賞長編作品賞を受賞しています。『White Star』は、ローラント・クリックがハリウッドの異端児デニスホッパーを主役に据え、2年の期間を費やして完成させたものです。(ハリウッドの異端児とニュー・ジャーマン・シネマの孤狼がタッグを組んだ映画なんて、とても気になりますね!)しかし、この映画、B級映画の帝王ロジャー・コーマンが短編映画として編集し、ビデオ化されてしまったとのことです。(こちらもどのように編集されたのかも興味があります。)
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ローラント・クリック監督は、ジャーマンシネマの新しい流れの中で注目されていた人物だったのにも関わらず、本作品『デッドロック』を発表すると、ニュー・ジャーマン・シネマを貶める作品として国内の批評家や同時代の監督たちから批判されてしまいます。
ニュー・ジャーマン・シネマが「古いドイツ映画は死んだ」と宣言して生まれたものだったのに、その新しい流れも「ニュージャーマンシネマの作風は、説明的すぎる!」と拒絶して、独自の個性を追求し孤高の道を歩み続けたローラント・クリック監督。
『デッドロック』撮影後も、相次いだマカロニウエスタン作品のオファーを「焼き直しのような映画を撮っても意味がない!」と拒否したという逸話にもしびれます。
初期短編映画『クリスマス』の映像はこちらです。
クリスマスの浮き浮きした気分と忙しない世間の様子が、小さな男の子の視点から瑞々しく描かれています。音楽も実に効果的です。このたった10分の短編映画を見るだけでも、ローラント・クリックの類い希なる才能を感じることができます♪
音楽はドイツの有名バンドCAN♪
映画『デッドロック』では、1968年に西ドイツのケルンで結成した伝説的プログレバンド・CANの音楽が流れます。(日本のミュージシャンにも多大な影響を与えているバンドなんです!)
何作かの映画で音楽を担当しており、イエジー・スコリモフスキ監督の『早春』(1970年)やヴィム・ヴェンダース監督の『夢の果てまでも』(1991年)にも楽曲を提供。
本作『デッドロック』では、ヴォーカルを日本のダモ鈴木(1970~73年在籍)が担当していた時代の音楽が流れます。(このダモ鈴木さんがCANを脱退したきっかけが、バンドが雑誌の表紙を飾るようになり、メジャーになってしまったから。こうした骨のある姿勢は、ローラント・クリック監督とも相通ずるものがあります。)
劇中に流れる曲、『Deadlock』はこちら。耳の奥底にこびりついて離れない印象的な歌声です♪
砂漠が舞台の映画 あれこれ
映画『デッドロック』は、第4次中東戦争前夜の中東ネゲヴ砂漠で撮影されました。映画の舞台としてよく登場する砂漠。
ここでは、砂漠を舞台にした映画をいくつか取り上げてみたいと思います♪
まずは、この映画。本作『デッドロック』と空気感が似ています。
#砂漠化および干ばつと闘う国際デー
英米の砂漠映画はどんなに厳しくてもどこか美しさやエキゾチズムが匂うのに、稀代のリアリスト、アンドレ・カイヤットが描くシリアの砂漠はひたすら剣呑で禍々しい異世界でしかない。イヤな砂漠。#日めくり映画カレンダー
「眼には眼を」(’57仏=伊) pic.twitter.com/NOhciEjzo9— argoman N (@argoman_ng) June 16, 2020
こちらはハラハラドキドキの大スぺクタルアクション砂漠映画。砂漠がすごいことになります!
今日は砂漠化および干ばつと闘う国際デー「ハムナプトラ」
・僕たちの世代で砂漠映画といえばコレ!
・今見てもいいシーンばかり!
・原題は「the MUMMY」僕が金ローにリクエストした作品ですw
久しぶりに見てみようかなぁ
日めくりロードショー#映画好きな人と繋がりたい#1日1本オススメ映画 pic.twitter.com/4W78M7EEaE
— suzutanaproject@シーズン2に向けて準備中! (@suzutanaproject) June 17, 2020
そして、こちらは癒しの砂漠映画。(実はドイツ映画なんですよね。)
バグダッド•カフェ見た。
砂漠の真ん中の砂埃舞うカフェ。
行きてぇーw問題はヤスミンの旦那はどうなったんだ❓#バグダッドカフェ pic.twitter.com/PlMLCGNjbw
— 鐵正@映画•特撮•模型バカ(てつまさ) (@masamovie1) May 1, 2021
最後に、タイトル通りの不思議なカルト映画を♪
本作『デッドロック』を鑑賞する前に、頭を砂漠脳(?)のチャンネルに合わせておいてもいいかもしれません。
まとめ
5月15日に公開予定の映画『デッドロック』のキャストやあらすじ、注目ポイント、ニュー・ジャーマン・シネマの歴史などについて紹介しました。
砂漠で繰り広げられる男達の汗臭い闘争劇を見事に描いてみせるローラント・クリック監督の世界観はどんなものなのか?ニュー・ジャーマン・シネマとの明確な違いはどこにあるのか?
この作品の役を引き受けたマリオ・アドルフをはじめとした役者陣は、どんな思いでこの映画の撮影に参加していたのか?に思いを馳せながら鑑賞しても面白いかもしれません。
40年の時を経て日本の劇場で正式に公開される映画『デッドロック』。
凶暴でサイケな白昼夢の世界に、あなたも迷いこんでみてはいかがでしょうか?
個人的には、映画の公開によって日本にローラント・クリック現象が沸き起こることを期待しています♪