映画の脚本を面白くするために使われる”枷”という概念があります。
枷とはつまり、映画の中の登場人物にとって制約になるもののことを指します。例えば余命幾ばくもないとか、身分が低くてチャンスが得られないとか、体育倉庫にふたりきりで閉じ込められたとか……。このような制約があってこそ映画の中で真の人間性が語られ、それを観た私たちは心が動いて感動したりします。
2020年3月に公開される映画『人間の時間』では、極限状態とも言える”枷”の渦中を舞台に、むき出しになる人間の欲望、我々が普段目を背けている「ヒトの本質」が過激に描かれています。
本記事では、映画『人間の時間』のあらすじと、鑑賞前に知っておくと満足度が倍増する”監督の制作意図”について解説していきます!
映画『人間の時間』の概要
様々な年齢層、職業も異なる人々を乗せて、海を航海する軍艦。
この軍艦は退役した船であり、その軍艦で行くクルーズ旅行のために集まった人々が乗っています。乗客は若いカップルや、有名議員、老人まで乗り合わせた、まさに「人間の軍艦盛り」。
社会の縮図のような船内では、早くも酒、暴力、セックスを通じて人間の裏面が顔を出しつつありました。
日韓の豪華俳優陣が共演!
主人公の女性”イヴ”役は、日韓の映画やドラマで活躍し注目を集めている女優・藤井美菜。そして”アダム”役(ふたりしてすごい役名ですよね)を、チャン・グンソクが熱演しています。10年ほど前、日本でブレイクしたときは、アイドル俳優という印象が強かったチャン・グンソク。その後着実にキャリアを積んで、今では韓国の演技派俳優に名を連ねています。
そして主人公イヴの恋人役を演じるのが、オダギリジョー。彼は、監督のキム・ギドクと親交が深いことから特別主演することになったようです。
また大御所、実力派の韓国俳優が脇を固めていることでも話題です。
韓国の国民的俳優アン・ソンギは、物語のキーパーソンとなる「謎の老人」、他にもカメレオン俳優と呼ばれ評価されているイ・ソンジェ、アクションを武器にした個性派俳優、リュ・スンボムなどなど、ヤル気満々の豪華キャストの一覧を見ると「韓国映画、ブーストしているなー!」と俄然期待値が高まります。
映画『人間の時間』の作品情報
- 公開:2020年3月20日
- 監督:キム・ギドク
- 脚本:キム・ギドク
- 上映時間:122分(R18指定)
- 制作:韓国
- 配給:太秦
本作の監督は、「カンヌ」「ヴェネチア」「ベルリン」世界三大映画祭を制覇した鬼才キム・ギドク。映画『人間の時間』は、彼のオリジナル脚本から作られています。
また後述しますが、本作はキム・ギドク本人の精神性を強く反映した映画。彼はもともとアーティストから映画の世界に転向した経歴の持ち主で、作風も若干シュールレアリズムというか「世の中に当たり前に存在していて、かつ皆が目を逸らしているもの」をバァン!と打ち出してくる傾向があります。
映画『人間の時間』はキム・ギドク23作目となる長編映画作品で、2018年にドイツで行われたプレミア上映会では賛否両論を巻き起こしており、ベルリンなど海外ではすでに話題作でもあります。
映画『人間の時間』のあらすじ
退役した軍艦には、休暇へ向かうたくさんの乗客が乗っていました。
船内にはクルーズ旅行にきたカップル、主人公でもある女性イブ(藤井美菜)と、その恋人のタカシ(オダギリジョー)。有名議員(イ・ソンジェ)と息子(チャン・グンソク)。危険な閉塞感の漂う船内で、議員親子のボディーガードを申し出るギャング(リュ・スンボム)、そして謎の老人(アン・ソンギ)。
「大海原に一隻」という、ある意味閉鎖されたシチュエーション。緊迫した状況のなか夜が明けます。
あくる朝、軍艦は周囲が見渡せないほど濃い霧に包まれていましたが、実はすでに未知の空間へたどり着いていて……。
クルーズ旅行中の軍艦がたどり着いたのは「異次元」
この軍艦がたどり着いたのは、「異次元」。このいかにもリアルなサスペンス風のストーリーに、突然SFが介入してくるとは!例えば、スタンダードなサスペンス映画だと眠くなってしまうという方も、今作はオススメです。
普通の遭難ではありませんからね。”次元遭難モノ”と言えば日本では、楳図かずお原作の『漂流教室』が有名です。「どこにいるのかわからない」「出られるのかわからない」「自分たちが生きているのかもわからない」というトリプルわからないが、この設定の最大の恐怖ポイント。
「助けが来るまで力を合わせて頑張ろう!」と、爽やかに事を運べない絶望感がキモです。
案の定、乗客たちは生き残るため、あるいは自暴自棄になって欲望を満たすために、残酷な事件を次々と起こしていきます。
映画『人間の時間』が炙り出したのは極限状態に渦巻く人間の欲望
さて、”韓国の異端児”と呼ばれ、これまで政治的メッセージが際立つ長編映画を発表してきたキム・ギドク監督。ここにきて、「人間の本質」をテーマにしたのは一体どんな理由からなのでしょうか?
キム・ギドク監督が「人間を憎むのをやめる」ために作った映画
オリジナル脚本をもとにメガホンを取ったキム・ギドク監督。本作、映画『人間の時間』の制作意図をイントロダクションで明確に語っています。
世の中は、恐ろしいほど残酷で無情で悲しみに満ちている。
残酷な行為に関するニュースが、世界中で毎日報道されている。
自分自身のことを含め、どんなに一生懸命人間を理解しようとしても、混乱するだけでその残酷さを理解することはできない。そこで私は、すべての義理や人情を排除して何度も何度も考え、母なる自然の本能と習慣に答えを見つけた。
自然は…人間の悲しみや苦悩の限界を超えたものであり、最終的には自分自身に戻ってくるものだ。私は人間を憎むのをやめるためにこの映画を作った。
人間、空間、時間…そして人間。
人間の醜い部分を自然の摂理と結びつけて、答えを見つけたというキム・ギドク監督。映画『人間の時間』を作った事で、その答えを昇華させたということでしょう。
倫理を無視した過激な演出に批判の声も多かったという本作ですが、こんな序論を聞くと自分の目で見て判断したくなってきませんか?
「人類の持つ暴力性と自然の摂理」、そんなの認めたくないですよね。「人の本性は基本的に”善”だ」って、孟子も朱子も夏目漱石も言っていたじゃないですか……!皆さんはどう思いますか?