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朝ドラ【風、薫る】全話ネタバレ!モデルは明治のナイチンゲール!

本記事では2026年度前期の朝ドラ「風、薫る」全話のあらすじネタバレについて紹介していきます。本作は明治のナイチンゲールと呼ばれた大関和(ちか)・鈴木雅(まさ)をモデルに描きます。最強バディの結末はどうなる?

朝ドラ【風、薫る】全話ネタバレ

朝ドラ【風、薫る】全話のあらすじネタバレを簡単に紹介していきます。

第1週「翼と刀」

栃木県の那須で元家老の長女として生まれた一ノ瀬りん(見上愛)。物心ついた頃には父・信右衛門(北村一輝)は再び農業に従事し、母・美津(水野美紀)、妹の安(早坂美海)と家族4人で幸せに暮らしていた。そんなある日、りんの人生を大きく変える出来事が起きて…。一方、東京では身寄りのない大家直美(上坂樹里)が東京で貧しい暮らしを続けていた。
「明治」という激動の時代にトレインドナース (正規に訓練された看護師)の道を切り拓いた二人の女性の物語の幕が開ける。

  • 第1話:3月30日 月曜
  • 第2話:3月31日 火曜
  • 第3話:4月1日 水曜 
  • 第4話:4月2日 木曜
  • 第5話:4月3日 金曜

朝ドラ【風、薫る】のモデル

モデルは明治のナイチンゲール

『風、薫る』は、明治のナイチンゲールと呼ばれる2人をモデルにしています。明治時代に看護の世界に飛び込んだ大関和(おおぜきちか)さんと鈴木雅(すずきまさ)さんという2人のトレインドナース(正規に訓練された看護師)をモチーフに描く、バディドラマです。

女性は専業主婦が当たり前で、職業が確立されていなかった時代。当時、病人のお世話をすることは、命を引き換えにお金を得る、嫌厭(けんえん)される職業だったといいます。

コレラや赤痢などの伝染病で命を落とす人が後を絶たない中、シングルマザーとして東京に上京した大関和は、専門的な知識を身に付けた看護婦(看護師)になることを決意。 看護婦養成所の1期生として入学し、卒業後は帝国大学医科大学第一医院でトレインドナースになります。

一方、看護婦養成所で同じ1期生でシングルマザーだった鈴木雅。日本で初めての個人経営の派出看護婦会を設立し、看護婦が病院や病院人のいる家庭に行ける体制を整えました。大関和も加わっており、日清戦争後にかけて規模は拡大。 2人は防疫活動でも大きな成果を残し、看護婦(現・看護師)という職業の確立に大きく貢献しました。

2026年の朝ドラ『風、薫る』のモデルは、看護婦という職業の礎を築いた大関和と鈴木雅。しかし、ノンフィクションではなく、あくまでフィクション作品。実在の人物をモチーフとするものの、激動の時代を生きた二人のナースとその仲間たちの波乱万丈の物語として大胆に再構成。登人物名や団体名などを一部改称したフィクションです。原作はありません。

朝ドラといえばヒロインの結婚は気になるところ。今回はモデルがいるので、予測は可能。 大関和は離婚、鈴木雅は夫と死別し、二人ともシングルマザーになります。

大関和の略歴

【氏名】大関 和(おおぜき ちか)【生年月日】1858年5月23日〈安政5年4月11日〉【没年月日】1932年〈昭和7年〉5月22日

  • 1876年5月:父・増虎が50歳で死去。
  • 同年:和は渡辺豊綱(わたなべとよつな)(1838‐1925)と結婚。
  • 1877年:長男・六郎を出産。
  • 1880年:長女・シンを出産。
  • 豊綱と妾(しょう)の関係が清算されなかったことが理由で、離婚に至る。
  • 1881年:和は上京し、英語習得のために正美英学塾に通う。
  • 1886年11月:植村正久牧師の勧めにより、桜井女学校附属看護婦養成所に入学。第一期生(6名)の一人となり、鈴木雅と出会う。
  • 1888年10月26日:看護婦養成所を卒業。
  • 和は帝国大学医科大学第一医院(現東大病院)外科の看病婦取締(看護婦長)となる。
  • 1890年には退職し、年末、新潟県の高田女学校舎監兼伝道師として同校へ赴任。
  • 1891年に開院した知命堂病院の初代看護長に就任。
  • 1896年夏:和は東京に戻り、東京看護婦会講習所講師となる。
  • 1899年6月:著書『派出看護婦心得』を刊行。
  • 1901(明治34)年:43才のころ、 「東京看護婦会」を辞職。箱根湯本に引きこもるが、鈴木雅から「東京看護婦会」の経営を引き継ぎ、東京看護婦会会頭に就任。
  • 1908年:著書『実地看護法』を刊行。
  • 1909年11月3日:大関看護婦会を設立し、大関看護婦講習所を開所。
  • 明治44年(1911):大日本看護婦協会 東京組合長に就任。
  • 晩年は、脳溢血で不随の2年間を病床で過ごし、昭和7年(1932年)5月22日に死去(享年75歳)

*大関和(ちか)をモチーフにした一ノ瀬りん役は、見上愛さんが演じます。

鈴木雅の略歴

【氏名】鈴木 雅(すずき まさ)【生年月日】1858年2月9日〈安政4年12月26日〉 【没年月日】 1940年〈昭和15年〉6月11日

  • 1878年:雅は鈴木良光と結婚。
  • 鈴木良光は西南戦争(1877年1月 – 同年9月)にて大阪鎮台歩兵第9連隊第2大隊大隊長を勤めた。
  • 1878‐1879年ごろ:雅は、第9連隊の京都分隊伏見連隊長として勤めた夫とともに京都で新婚時代を過ごす。
  • 1880年:良光が戸山学校教官となり上京。
  • 1881年:仙台鎮台第2軍管第4師管後備軍司令官拝命により仙台へ移ったと思われる。
  • 1883年:良光がこの仙台にて病死。
  • 雅はシングルマザーとなり、二人の子を抱えて上京。
  • 1886年:桜井女学校附属看護婦養成所に1期生として入学。大関和と出会い、アグネス・ヴェッチから看護学を学ぶ。
  • 帝国大学医科大学附属第一医院における内科の看護婦取締役(看護婦長)を務める。
  • 1891年:東京本郷に慈善看護婦会 (のちの東京看護婦会) を創設。派出看護婦会を設立して在宅の病人の看護のための看護派出事業を行った。
  • 1896年:東京看護婦講習所を開いて派出看護婦の養成に貢献。
  • 1901年(明治34年):雅が44才のころ、 「東京看護婦会」の経営を大関和に引き継ぎ、息子・良一とともに隠居暮らしを始める。事実上の引退。
  • 1922(大正11)年:雅が65才のころ、東京・小石川から京都・稲荷山に転居。大関和と永遠の別れとなる。
  • 1940(昭和15)年:82才で他界(死因は不明)。

*鈴木雅(まさ)をモチーフにした大家直美役は、上坂樹里さんが演じます。

朝ドラ【風、薫る】あらすじ(簡単に)

看護婦養成所に入所

明治18(1885)年、日本で初めて看護婦の養成所が誕生したのを皮切りに、次々と養成所が生まれた。そのうちの1つに、物語の主人公・一ノ瀬りん(演:見上愛、モチーフ:大関和)大家直美(演:上坂樹里、モチーフ:鈴木雅)は運命に誘われるように入所する。

不運が重なり若くしてシングルマザーになった、りん。生まれてすぐ親に捨てられ、教会で保護されて育った直美。養成所に集った同級生たちは、それぞれに複雑な事情を抱えていた。手探りではじまった看護教育を受けながら、彼女たちは「看護とは何か?」「患者と向き合うとはどういうことか?」ということに向き合っていく。

りんと直美は、鹿鳴館の華といわれた大山捨松(おおやま すてまつ)や明六社にも所属した商人・清水卯三郎(しみず うさぶろう)らと出会い、明治の新しい風を感じながら、強き者と弱き者が混在する“社会”を知り、刻々と変わり続けていく社会の中で“自分らしく幸せに生きること”を模索していく。

トレインドナースになる

養成所卒業後、二人は同じ大学病院でトレインドナースとしてデビュー。まだ理解を得られていない看護の仕事を確立するために奮闘の日々を送っていたが、りんは程なくして職場を追われることに。一方、アメリカ留学を夢見る直美は渡航直前に思わぬできごとに巻き込まれ…。

やがて、コレラや赤痢などさまざまな疫病が全国的に猛威をふるい始める。一度は離れ離れになった二人だったが、再び手を取り、疫病という大敵に立ち向かっていく。

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【番組名】連続テレビ小説『風、薫る』
【放送日】毎週月~土曜 前 8 時00 分(NHK総合) ※土曜は一週間の振り返り
【脚本】吉澤智子 【出演】見上愛、上坂樹里 ほか
【原案】 田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』 【音楽】 野見祐二 【主題歌】 Mrs. GREEN APPLE 「風と町」 【語り】 研ナオコ

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